ユニクロと選挙とコールセンター その3

 最近読んで面白かったノンフィクションといえば、①『ユニクロ潜入一年』横田増生(文藝春秋)、②『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』畠山理仁(集英社)、③『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』水谷竹秀(集英社)だ。
 3冊に共通するのは、取材現場が目に浮かんでくる。しっかり耳を傾けている点だ。


③『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』水谷竹秀(集英社)は、タイのバンコクでオペレーターとして勤務する日本人を取材したルポだ。

 「お電話ありがとうございます。○○社の△△です。ご注文ですか?」

 同じ文言の声が飛び交う。高層ビルのワンフロアに80人もが勤務する。タイなのに日本人ばかり。30代が中心に、服装も年齢も経歴もバラバラ。
 《しばらく佇んでいると、ここが異国だという認識は薄れてしまいそうになる。》

 このルポの特色は、取材相手に何度も会っていることだ。元郵便局員の本田さんとは4年の付き合いになるという。
 本田さんは、妻がタイ人で、高校生の息子とタイに移住。コールセンターの月3万バーツ(日本円にして約10万円)で一家三人が生活する。郵便局時代は簡易保険の販売員だったが、口下手でノルマを課せられる仕事が合わなかったのか。新居のローンが払えず、夜逃げ同然に日本を脱出している。

 本田さんと出会うのはコールセンターが入居する高層ビルの前で、だれか勤務するひとに話を聞こうと待ち伏せしていたところ、通りかかったのが本田さんだった。取材者の水谷さんもまた、日本を出国して仕事を続けるということでは、境遇は似ている。「居場所」を求めて出国した、フィリピンを拠点とするノンフィクションライターで、バンコクを訪れては本田さんたちに話を聞いている。
 面白いなぁ、すごいなぁと思うのは、本田さんに頼まれ、わざわざ山形の自宅のあった場所へ様子を見にいく展開だ。

 《「ええっ! あなた本田さんの知り合いなの? あれどこ行ったべ? だまって行っちゃったんだよ」》

 枝切りをしていた隣家の老人に声をかけると、本田さんの近況を聞き返される。老人の妻も話に加わり、立ち話が続く。
 最後に、「元気でねって伝えておいて下さい」という言葉をかけられ、その場を立ち去るのだが、本田さんが小さな町でどういう暮らしをしていたのか、その断片がうかがえる。
 さらに別の男のひとにバンコクで撮影した本田さんの映像を見せると、「うんだ、うんだ」と嬉しそうに笑い、「元気ならいいべ」と言われたと記している。

 水谷さんは本田さんの両親にも会っている。高校生だった孫を引き取ろうとしたが、両親と一緒にタイに行くことを選んだ経緯を聞く。そうするなかで、コールセンターに勤務する男から、「本田さん」の輪郭がよりはっきりしてくる。こうした取材の積み重ねは本田さんに限らず、ひとりひとりに、きちんとフォーカスをあてているところがいい。

 本書の取材には、2012年から5年を費やしたという。コールセンターの取材自体は支障なく行えた。しかし、働くひとたちに話を聞こうとして拒絶される。ルポとしては対象者探しがハードルだったという。
 《一般の日系企業で働く若者たちに聞いても「いえ、オペレーターの知り合いはいないですね」と言われてしまい、なす術がなかった。》

 コールセンターの取材中も、撮影許可を求めると責任者から「彼らは嫌がると思います」と断られる。冒頭11ページの場面だが、ここでの違和感の意味するところは本書を読むうちに理解できていく。
 

日曜のお昼のドキュメンタリーを見るような人生ドラマが次々と


 近くのエリアにかけたつもりの電話が沖縄や北海道につながっているというのは、ずいぶん昔のことらしい。いまでは通販の注文や問い合わせの電話は、タイのバンコクにつながっているのだという。そもそも「コールセンター」がどういう仕組みになっていて、オペレーターはどのような立場なのか。本書を読むまで知らないことばかりで、いきなり戸惑いを覚えた。

 なぜ、コールセンターが集中するのがタイのバンコクなのか?
 働いているのがタイ人ではなく、現地に定住する邦人なのか?

 答えは簡単。
 日本からの電話を受ける仕事なので、日本語が話せないといけない。しかし、日本語さえ話せれば、ほぼそれで足りる。マニュアル化された応答が基本で、高度な技能を要しない。月3万バーツの給与は、タイの労働省が定める邦人の最低賃金規定の月5万バーツを大幅に下回るものだが、タイ人の平均的な給与と比べた場合上らしい。

 日本企業のコールセンターの増加は、タイ政府が日本企業誘致のための「特例」として、下限月3万バーツを認めた2004年からだという。従来の邦人の最低賃金との格差が、在留邦人社会でコールセンターで働く人たちを下に見る、蔑視を生む構造にもつながっている。
 つまり、彼らは、あそこでしか働けない連中なのだ。自分たちとはちがう。あんなところで働いても将来のスキルにつながらない。そんなふうにして、コールセンターで働く=邦人ピラミッドの最底辺に位置づけられる。

 ちなみにタイ人労働者の給与は1万数千~2万数千で、物価が日本の三分の一と安く、節約すれば3万バーツで十分に生活ができる。くわえて、タイの人たちは総じて親日的で、居心地がいい。わたしも、友人に誘われて行ったタイ北部のチェンマイで一週間ほど滞在したときは、ここに暮らしてみようかと思ったくらい、住みやすいのは確かだ。

 本田さんをはじめ、登場するひとたちの経歴に耳を傾けると、日曜のお昼にやっている「ザ・ノンフィクション」の番組を見るようだ。それぞれが、コールセンターで働きたいと思って勇んでタイにやって来たわけではない。それぞれにツライことがあり、逃げるようにして日本を逃れ出た。「非正規雇用」を転々としたひとたちが多い。

 「日本にいたら要らない子ですからね」
 最初に登場する30代の吉川さんは、日本にいたときの自分は、いてもいなくても一緒。存在感のない人間だったと話す。
 ちょっとオタクっぽくて、日本では女性と縁がなかった。バンコクではコールセンターで働きながら、DJをしているという。ひきこもりがちのオタクから人気DJへの変身。その変遷を知りたいと思うではないか。
 タイ人の彼女もでき、それが自信になったのか、彼はよく話す。友人もできた。いいことづくしのようだが、小太りな彼の前歯が2本欠けている。タイでは治療費が高額のため、「口を閉じていりゃいい」と写真を撮られるときだけは口を閉じるようにしているという。
 歯に関しては彼女もキモイとは言わないから、いいのだ。吉川さん、自分はタイに来てよかったという。将来はともかく、幸せな一例だ。

 コールセンターの離職率は高く、多くが数ヶ月でやめていく。頻繁に転職していく一人の女性を取材している。
 コールセンターをやめた後、タイの旅行代理店、ラーメン店のホール、キャバクラと、水谷さんが会うたび職を転々とし、銀行預金はゼロ。財布の所持金は650バーツ。「父親が危篤だといわれても帰れない」と彼女は茶化して言う。
 いったいどうするんだよ。ハラハラしながら、読む。明日がみえない。まさに「ザ・ノンフィクション」だ。

 ハラハラするといえば、48歳の男性。コールセンターを解雇され、次の職が見つからず、住処も失い「マック難民」だという。自嘲気味の男性には他人任せな所があり、流されて、流されて、タイにやってきたことがインタビューから見えてくる。
 金がなくなっても、プライドだけはある。だから「日本には帰れない」と言い切る。

 登場する人たちは、仮名である。コールセンターの経験者たちが、そのキャリアを語るのを嫌がるのは、リスクはあってもメリットは何もない。背景には邦人社会のピラミッドがある。
 なかには、コールセンターで働きつつ、日本人のいない英語学校で猛勉強して日本に戻り、新たな活路を開いたものもいる。口調が誇らしげなのは、まれなケースだからだろう。
 読後に印象に残るのは、どん底からの成功の苦労話よりも、どうしようもなく、もがいてあがいて路上からも忽然と消息を絶ってしまう、「帰れない」と漏らしていた男性だ。自分を彼に重ねて見すぎるからかもしれないが。

(追記)
 タイで暮らす「日刊チェンマイ新聞」発行者の奥野安彦さんから、この記事に関してこんな示唆を受けた。
 「タイの邦人社会のピラミッド」は、山の頂にいるのは大手企業の駐在員、タイ現地での採用者、コールセンターというヒエラルキーが出来上がっていて、さらにその下にバックパッカーがいた。しかし、タイ政府が2014年に法律を改正し、出国と入国を繰り返すとビザがおりなくなった。さらに2016年には、不法滞在(オーバーステイ)の外国人の再入国に厳しくあたるようになったため、バックパッカーの長期滞在が難しくなっているという。

Profile/プロフィール

「ウラカタ伝」 waniwanio.hatenadiary.com

ブログのインタビュー連載 「葬儀屋、はじめました。」

otomu.hatenadiary.com

朝山 実(あさやま・じつ) 1956年、兵庫県 生まれ。地質調査員、書店員などを経て 、ライターとなる。「居 場所探し」をテーマに人物ルポやインタビューを数多く手がける。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP 社)、映画のノベライズ『パッチギ!』(キネマ旬報 社) 、アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年』(KADOKAWA)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など


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